ワタクシ。「働く妻」です。興味深い記事を読みました。
日本は「働く妻」より、「専業主婦」の幸福度が高い”らしい”です。
記事によると幸福度は・・・。
子どもがいない主婦>子どもがいない働く妻>子どもがいる主婦>子どもがいる働く妻
『子供がいる働く妻』が一番低いそうです。
子供がいるという事はそれだけ大変だという事でしょう。
私もそれは感じました。以前の記事にも書いた通りです。
この上記の記事の中にも書いた通り、韓国発の小説「82年生まれ、キム・ジヨン」現象と言いますか、韓国も日本と感覚は近い感じがします。
じゃ、欧米の働く女性はどうなのかについてはこう書かれていました。
男女間格差が小さい国ほど、働く女性の方が家事を主に行う女性よりも幸福度が高い
欧米では必ずしも専業主婦の幸福度が高いわけではなく、中にはむしろ働く女性の幸福度の方が高い場合もある
つまり、何が違うのか?というとやはり、日本に置ける男女間格差であると筆者は述べています。
私も同意見です。
興味のある方はこの記事の全文を読まれてみて下さい。
子供のいない働く主婦のわたし。
幸福度。それは個々の感じることですし、そもそも計ることなんてできないものだと思います。
以前に書いた記事で、幸福度について考えてみました。
必ずしも幸福度というのは家族がうまく行っているかだけではなく、学校や会社という”社会”と関わって暮らしている以上、その”社会”においての関係性も重要であると思います。
社会として接する部分においてストレスが無ければ無い方が人々の「幸福度」は必然的に高くなるのではないかと思われます。
会社から手にできる「所得」が満足いくものであるなら。
家族を顧みるだけの時間的余裕がありながら、十分な暮らしができるなら。
子育てを妻だけでなく、夫を含め二人で出来る環境があるなら。
子供に十分な教育が経済的心配なく与えられる保証があるなら。
老後や病気になった場合のセーフティーネットがあるなら。
今の日本で男女間格差は少しづつ変化し、夫の子育ての積極的な参加も増えている気もしますが、「福祉や教育」において、ニュースを見る限り、子供を立派に育て上げるまでの十分な備えはどんどん削られている気がしてなりません。
正直なところ「子供がいないことでわたしは幸福」?
犬ではなく、”子供”を私が育てていたとしたら…。
私が果たすべき役割は想像以上に大きかったと言えるでしょう。
文字通り、肉体的な面と経済的な面での不安と心配は今よりももっと大きく、深刻であっただろうと想像します。
わたしには子育てする器が無いだけかも知れません。
心配の種が人生に置いて一つ二つ三つと増えるのが恐ろしいという小心者でもあるのですけど。
感じることは、もっと安心して子育てできる社会はこれから期待できるのだろうか?
我が家のように「障害を持つことに」なった場合でもそれなりに生きていける社会は続くのだろうか?
運良くある人々の人生において、子供がいじめを経験したり、病気をしたり、障害を抱えるような出来事は起きないかも知れないけど、実際は誰にでも起こりうることですし、自分が絶対にボケず、介護なんて必要ないままポックリ死ねるかなんて解らない。
残念ながら、人々の思いとは逆の方向に進んでいる気がしてなりません。
一つは前に書いた通り、日本経済の逆行。
それと、こんど結ばれるであろう、『日米貿易協定』。
子供たちの将来の「食の安全」が心配です。
そして、我が家のように福祉が無ければ生きていけない家庭にとって、「医療」分野が脅かされる可能性をはらんでいます。
気になる方は、一度ご自分でもお調べください。
このまま進んでいくと、日本社会の行方はどうなるのでしょう?
また、このことを含め、そのうち書きたいと思います。
コメント